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2 - オーディンとロキ

そのころロキは巨人の国で暮らしていました。いっさいの不自由もなく、気ままで奔放な彼を咎める者はなく、生まれついての冒険心と好奇心に応えるあらゆるものに恵まれていました。

ところが、彼は悪い夢にうなされるようになります。それは自由を奪われ、咎められ、恐ろしいところに閉じ込められて泣いている夢でした。妻は心配して、家から出ないようにきつく言い聞かせました。しかし生来冒険好きの夫をいつまでも閉じ込めておくことはできませんでした。

妻の目を盗んでふらふらと旅に出たロキは、町を離れて遠くを目指しました。彼が口笛を吹いていると、美しい小鳥がその旋律に聞き入るように飛んできました。ロキはこの白い小鳥を捕まえて、袋に押し込んでしまいます。すると袋の中から、女の声が聞こえてきました。

「なんでもしますから、どうかこの恐ろしくて暗い場所から出してください」。

「さては小鳥に化けた魔女が俺のところに来たらしい。よし、本当に言うことを聞くなら出してやろう。嘘だったら承知しないぞ」。

ロキが袋の口を開けたところ、あわてて飛び出してきた小鳥は、見る間に美しい女神に姿を変えました。

「さぁ、何でもかんでも俺の言うとおりにするのだ。まず、おまえのその変身の魔術を俺に譲ってくれ。それから俺のお嫁さんになるのだ」。

美しくおとなしい女神は、捕まった相手が若くてすらりとした美しい青年だったので、

「わかりました。あなたのお嫁さんになります」。

と答えました。しかし、

「わたしの魔術はわたしの父親のものですから、彼のところへ行ってお願いしなければなりません」。

というのです。ロキは迷わず彼女の父親のところへ行くことを決めました。

森の小さな洞穴を降りていって、二人は女神の父親のところまでやってきました。そこは死者の国の入り口で、漆黒の穴の前に杖をついて立っている番人が待っていました。

「俺はあんたの魔術を貰い受けにきた。万が一拒んでみろ、娘をひどい目に遭わせるぞ」。

怖いもの知らずのロキは、黒い頭巾を目深に被り、長い髭を生やした男に向かって言いました。すると男は静かに言い返しました。

「その前に、あたりを見渡してみるといい、ファールバウティの息子よ。見覚えはないだろうか?」。

ロキが周りを見ると、確かにそれは夢に出てきた恐ろしい場所とそっくりだったのです。そのため、彼は急に怖気づいてしまいました。

「悪かったよ。あんたの娘に悪さをしたことは謝る。だから、どうか俺をここから生きて帰してくれ」。

ロキは泣きながら言いました。そして、優しい妻の言いつけを守っていれば、こんなことにならなかったのにと心の中で思いました。

「お前が再びお天道様を拝める道はひとつしかないのだ。それはわたしと一緒に来ることだよ、ロキ」。

言うことを聞かなければこの場でひねりつぶしてしまうぞ、と男は言うのです。「いったいどこへ連れて行くんだい?」。

「それは、雲の川を二つ渡って、虹の橋を渡った先にあるわたしの城だ」。

「なに、神々の国だって? それじゃあんたは、オーディンなのか?」。

「そうだ。わたしはなにがあっても、お前をわたしの城まで連れて帰るつもりでいる」。

彼はきっと自分をひどい目に遭わせるために連れて帰るのだと思ったロキは、オーディンに答えました。

「よし、あんたのいうとおりにしてやろう。しかし娘との約束は守ってもらうぞ。俺はあんたの魔術を貰い受ける約束をしたんだ、オーディン」。

「お前がわたしと一緒に来てくれるなら、かまわないよ」。

オーディンはそう言って、ロキに呪文をかけました。

「あんたの魔術がどれほどのものか試してみたいものだ。つまらないものだったら承知しないぞ」。

「お前は望むものなんにでも化けられる。請合うよ」。

「それじゃあ、ひとつ試してやろう」。

ロキはそう言うと、自分で呪文を唱えました。すると彼は、見る間に隼に姿を変えました。

「姿は隼だが、俺は飛べるだろうか?」。

「飛べるとも。地の果てまでも」。

「それじゃあ、ひとつ試してやろう」。

言うが早いか、ロキはそこから飛び去っていきました。そうして彼は、一目散に自分の家へ戻ったのです。

ロキは、オーディンをだまして彼の魔術を盗み取ったので、得意になっていました。ところが、夢には相変わらず、あの恐ろしい場所で泣いている彼がいたのです。さらにそこへオーディンが現れて、恐ろしい呪文をかけるのでした。

「わたしはお前に言ったはずだぞ。お前が再びお天道様を拝める道は、わたしと一緒に来るほかに無いと。お前はやがてそれを思い知ることになるのだ」。

ある日のこと、妻は突然さめざめと泣いて、ロキに言いました。

「わたしはあなたと一緒にいることはできません」。

彼女は夫のいない間に訪ねてきた背の高い片目の男と関係してしまったと言い、すでにお腹には子供がいるというのです。けれどもみずからも後ろめたいことをして彼女に隠しているロキは、妻を許し、やがて子供が生まれてきました。その息子はとても美しい顔をしていましたが、片方の眼がありませんでした。そして生まれてくるとすぐに喋りだしたのです。

「お前が盗んでいったものを返してもらいに来たよ」。

「いったい俺が、お前から何を盗んだというのだ? 生まれてきたばかりのお前から」。

「つぎにわたしが呪文をかけると、お前は変身の魔術を失うのだ」。

これを聞いてロキは頭を抱えてしまいました。彼は自分の魔術をどうしても手放したくなかったのです。

「いやなら、わたしのいうことをきくんだね。お前とわたしのあいだに交わされた約束は、すべて果たされねばならない」。

赤ん坊は、ロキを自分のところへ連れて行くといいます。

「待ってくれ、オーディンさん。俺は、かわいそうな妻をひとり残していくわけには行かないよ」。

ロキが言うと、赤ん坊オーディンは、

「それならこうすればいい」

といい、夫に寄り添う妻に呪文をかけ、彼女を蛇の姿に変えてしまいました。

「どうだ、これなら、おまえの留守中に間男が来ても、逃げ帰るだろう」。

もはやロキには逃げ隠れる場所も無く、オーディンに従うほかありませんでした。赤ん坊を抱いて家を出ると、あの白い美しい小鳥が飛んできて、ロキの肩に止まりました。赤ん坊のオーディンは、しょんぼりしているロキにこう言いました。

「憂うことは何もないのだ、ロキよ。わたしはお前の望みをすべてかなえてやろう。お前の知らないお前の望みまで、あらゆる望みをだ。アースガルドは決して、お前にとって平和で退屈な牢獄にはならないだろう」。

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