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終わりの物語

1 - 白鳥と息子

灰色の海と空のただ中にある孤島はわびしい場所だった。小さな城には城壁も未だ無く、海風を阻む木々もか細い低木ばかり。年老いた城主には若い息子があったが、まだ妻も子も無かった。

ある日若い息子は暗い空を見上げた。すると、十字に交差した小さな光が、ひらひらと舞い降りてくるのを見つけた。彼はそれを夢中で追いかけているうちに、灰色の冷たい池に嵌ってしまった。顔を上げると、一羽の白鳥が灰色の水面に浮かんで、悠然と彼を見ていた。息子はひと目でその姿に心を奪われた。その日以来、彼は美しい白鳥に会うため足を運んだ。白鳥は、息子が会いに来ると決まってそこにいた。来る日も来る日も、息子は灰色の池に通いつめた。白鳥は必ず彼を待っていた。

幾度目かの春が巡ってきて、息子は妻を娶ることになった。その日も彼は池にやってきて、ひどく悲しそうに告げた。

「お前をひねり殺してしまうか、さもなくばこのため池を埋めてしまうか、どちらかをしなければ、あなたのところへ輿入れも出来ないと彼女は言うのだ。どうか願いを聞き入れておくれ、もしも私の子が息子なら、お前の婿にやろう。だからそのときには、ひそかに私のもとへ舞い戻って欲しいのだ」。

息子がそう言うと、白鳥は灰色の空へ舞い上がっていった。

 

白鳥が去ったと知った妻は夫を許し、素直で優しい妃となり、やがて子を身ごもった。生まれてきたのが男児と知って、夫婦は手を取りあって喜んだ。夫は心のうちで白鳥との約束を思い出したが、優しい妻と彼女に似た息子を日々みるうちに、暗い憂いは消えていった。

姿も美しく、利発で身のこなしの立派な男児は、誰と会ってもひと目で相手をとりこにした。好奇心がたいそう強く、一人で冒険に出ては、幾日も帰ってこないこともあった。彼はある日、小川のほとりで黒い外套を着た女に出会った。小さな彼は、躊躇もせず、近寄っていって顔を見上げた。それは抜けるように白い肌をしていて、明るい色の長い髪を頭巾の中に隠していた。

見知らぬ相手に少しも怖気づかなかったのは、生来の怖いもの知らずのせいばかりではなかった。彼はまず彼女にこう言ったのだ。

「聞かせておくれ。お前とは、いつかどこかで出会った気がする。いったいどこだったろうか?」。

すると女は優しく微笑んで、こう返した。

「可愛い坊や。私は、あなたが来るのをずっと待っていたのよ」。

そして手を取ってこう言った。

「私の小さな家にいらっしゃい。あなたが眠るまで、たとえ朝になっても、物語をしてあげましょう」。

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