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Grid and Vidar

5 - 沈黙の草原へ

グリードの小さな息子が、いよいよ家を出ていく日がやってきました。オーディンがグリードに言ったとおり、彼はいつまでたっても小さな体のままでしたが、彼と彼の母親はその日、とうとう約束の日が来たことをおのずと悟りました。

グリードは、鞍と鐙と手綱をつけた、華奢だけれど脚の速い馬を魔法でこしらえて、彼に与えました。

「この馬はおまえのための馬です。おまえが何にも知らなくても、ちゃんとおまえを目的地まで連れて行くことができる。そして、おまえに定められたすべての仕事が終わるまで、この馬はおまえのそばにいるのです」。

「おまえがこれ以上ここにいると、ほかの巨人たちはおまえの正体に早晩気づくことになる。彼らの中には、おまえをどうしても好きになれない連中もいるのです。きっと、身の程知らずの荒くれがおまえを打ち負かそうと挑んでくるでしょう。でもおまえは決して負けはしない。生まれつきそれだけの力が備わっているのですから。おまえに勝てるのは、この世界中で、神々の要塞に住む雷神ただひとりなのです」。

小さな彼は鞍の上にちょこんと乗って、長い長い旅に出ました。馬は、彼が見たこともない景色の中をずんずん歩きました。大風の日も大雨の日もありました。太陽が照りつける日には、恐ろしいほど大きな鷲が空を飛び、その大きな影はまるで夜のように彼を包みました。でも小さな彼はいつも黙って鞍の上に乗っているだけでした。

やがてかれらは、見渡す限りの荒野に差しかかりました。そこを抜けるまでに、月の満ち欠けが一巡りするほどでした。それから馬は、こんどは大きな森の中へ入っていきました。奥へ進んでいくと、そこは深い闇でした。馬は器用に木の根を避け、小川も崖も軽々飛び越えて、黙々と進みました。すると闇はさらに深くなりました。葉を揺らす風の音も、小鳥のさえずりも、あらゆる生き物の息遣いも、音という音、気配という気配はみんな消えていきました。そこは、世界でもっとも深い沈黙の森でした。

馬は、ついに沈黙の森を抜けました。そこには草原が広がっていました。空は暗く、四方すべてを沈黙の森に囲まれた草原には、そよ風が吹くことすらありませんでした。小さな彼は、そこでようやく馬から降りると、草原の真ん中まで馬を連れて行き、そこに腰を下ろしました。彼は、この草ひとつ動かない草原こそが、自分の居場所だと知っていました。

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