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4 - 呪いの剣と勝利の剣

ロキを連れてアースガルドへ戻ってきたオーディンは、ほかの誰に会わせるよりも前にすることがあると言いました。二人の前には黄金の酒器が並べてありました。

「おまえはわたしの血を飲み、同時に、わたしはおまえの血を飲む。それでおまえは、我々の一員となる契りを交わしたことになるのだ」。

ひどい顛末で彼に連れてこられたロキは、逆らうことはもちろん、わけを尋ねることすら思いつきませんでした。言われるままに、互いの血を混ぜた酒を酌み交わし、黙ってオーディンの前に小さく座っているだけでした。

ところがそれからというもの、彼にとって畏怖を現す姿でしかなかったオーディンに、ロキはだんだん気を許すようになり、彼の賢さや、ものごとを断じる力強さ、獲物を見つけたときの貪欲さと俊敏さなどに、敬愛の気持ちを抱くようになっていったのです。オーディンはロキを特別な友人のように扱いました。旅に出るときは彼をお供に連れて行きました。子供のようなロキは、ときどき相手を怒らせるようなことを平気でしでかすことがありました。誰も彼も彼を非難するようなときでも、オーディンだけは黙っているのでした。

こうしてロキはすっかりオーディンに気を許していたので、あるとき彼に頼みごとをしました。それは、蛇に変えられたまま残してきた不憫な妻に、せめてひと目だけでも会いに行かせてくれ、というものでした。オーディンはこれを許し、

「隼の姿で飛んでいくがいい。ただし、おまえだと知られてはいけない。それから、わたしの蜜酒を持っていって飲ませてやるといい」。

と言いました。ロキは一目散に故郷の家へ飛んでいきました。

しかし彼女はそこにはいませんでした。ひどい姿で仲間たちと暮らすのに耐えられなかった彼女は、もっと北にある鉄ヶ森という恐ろしく寂しい場所にいたのです。隼に化けたロキは、醜い蛇のそばへ舞い降りて、蛇の目を見つめようとしましたが、蛇は追いかけられても追いかけられても逃げるばかりでした。

 

夜明けまでに戻るよう言いつけられていたロキは、とうとう追いかけるのをあきらめて、最後に、口に含んできた蜜酒を蛇に向かって振りかけました。それから急いで、振り返りもせずに上方を目指して飛び去りました。オーディンのもとへ帰ってきて話をしてやると、彼はいつものように黙って聞いているだけでした。

「あの蜜酒はいったいなんだ?」。

とロキが訊きましたが、それにも答えませんでした。

ロキが、思わぬ場所で、妻の姿──蛇に変えられる前のもとの彼女を見たのは、それからだいぶ経ったころのことです。フレイヤの館でそれを見かけた彼は、人を使って城門の外へ呼び出して会うことにしました。果たしてその侍女は、まちがいなく彼の妻だったのです。

アンゲルボダは切々と言いました。

「わたしは愛しい夫を取り戻し、憎いオーディンに仕返しをするためにやってきた。あの片目の死神のためにわたしが奪われたすべてのものを取り返し、わたしが味わったすべての災難を、彼と彼の持ち物すべてに味あわせるために」。

彼女は昔の優しい彼女ではもはやなく、復讐の虜となって呪いに身を捧げ、今日のこの日を待っていたというのです。彼女の話を聞くうちに、ロキはオーディンへの憎しみがよみがえってきました。アンゲルボダは、アースガルドで一番大切にされているものをさらってやるつもりだと言いました。

「それはなんだね。俺が手を貸してやろう」。

ロキが言うと、アンゲルボダは、それはフレイとフレイヤだ、と答えました。ふたりは海神ニヨルズの双子の子で、ともに祭司長に祀られている兄と妹でした。

このころオーディンは、ある恐るべき一振りの剣について考えを巡らせていました。それは、彼の手に必中の槍グングニルがもたらされたとき、彼がそれを賞賛した影で生まれたもので、グングニルが神々に勝利を呼ぶのと相反して、神々を滅ぼすために作られた呪いの剣でした。オーディンは、その剣のことを考えながら、世界の隅々まで念入りに見渡していました。そして彼の目は、ある若者の姿に止まりました。それはスヴィプタグという名前で、母親は優れた巫女でした。

雷神トールの息子ハールヴダンが、イーヴァルディの一族たちとのあいだに戦端を開いたのは、ちょうどそのころのことでした。オーディンの賞賛に預かれなかった一族は、呪いの剣の作り手であり、神々の裏切りに対する復讐に燃えていました。しかし彼らはハールヴダンの前に敗れ、スヴィプタグは母とともに捕えられます。やがて母は苦しみの中で死を迎え、息子に復讐を託しました。そこでスヴィプタグは、呪いの剣が眠る冥府へ赴き、神々を滅ぼすための唯一の武器を手に入れて帰ってきます。その彼の前に再びハールヴダンが立ちふさがりましたが、呪いの剣の前ではもはや、彼の父トールですらも敵ではありませんでした。呪いの剣は、かつてグングニルとともにオーディンの賞賛を授かった雷電の槌ミョルニルを、柄から折ってしまったのです。

ロキとアンゲルボダの手引きによってアースガルドから連れ去られたフレイとフレイヤは、ベリという巨人の城に閉じ込められ、我を忘れるよう魔法をかけられていました。復讐の旅路をさすらうスヴィプタグは、ウルズの女神の神託を受け、二人を救いだすために城へ乗り込んできました。そしてかれは、美貌の女神フレイヤを一目見て、彼女こそわが最愛の妻に相応しいと心に決めました。

晴れてスヴィプタグの妻となったフレイヤは、婚礼の夜に魔法が解けると、鷹の姿で飛び去っていきました。彼女はようやくアースガルドへ戻ってきたのです。それを見届けたオーディンは、城壁に一つしかない門の前に座って、彼女の夫がやってくるのを待っていました。間もなく、彼は現れました。呪いの剣をその手に携えて。

一人ベリの城に残されていたフレイも、アースガルドへ戻ってきました。スヴィプタグは、呪いの剣を彼に渡しました。このとき神々を滅ぼす呪いの剣は、勝利を呼ぶ剣となったのです。そして、この剣の作り手イーヴァルディ一族もまた、再び神々のよき友人に戻ったのでした。

アンゲルボダは、やがてその正体が知れて、アースガルドを出て行きました。けれどもロキは、鉄ヶ森に戻った彼女のところまで時々ひそかに通っていきました。

「俺は、オーディンの血を飲んだおかげで、アース神の一人になっているから、なんということはない。しかし今度も、やつはうまくやったものだ。俺が、イーヴァルディとシンドリを仲たがいさせたおかげで、やつのために素晴らしい武器をいくつも献上させたのに、結局のところ、やつを滅ぼすはずだった剣まで、やつがせしめることになってしまった。おいアンゲルボダ、俺とおまえが、フレイとフレイヤを連れ出さなんだら、スヴィプタグはフレイヤを追ってアースガルドまで来ることにはならなかったのではないか?」。

ロキが、忌々しくも、感心したような様子で言いました。アンゲルボダは、憎しみに沈んだ声でつぶやきました。

「いいえ。あなたがこうしてわたしのもとにある限り、それは必ずやって来るわ。わたしはどうあっても、彼を破滅させなければならない」。

そのときふとロキがアンゲルボダに聞きました。おまえは一体どうしてもとの姿になったのかと。

「オーディンの呪いは、やつ以外では誰の手にかかっても解けないんだぜ」。

アンゲルボダは答えました。

「あるとき不思議な隼がやってきて、わたしを追いかけまわした挙句、白い芳香のする水を吐いて飛んでいったの。そして気がついたら、わたしの体に再び手足が生えていたのよ」。

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