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Grid and Vidar

10 - 神々の黄昏

鶏たちが一斉に鳴き、そのときが来たことを知らせました。その声はすべての世界のすべてのものの耳に届きました。種族も生死も、神であることも人の子であることも、その声から逃れる形(かた)にはなりませんでした。地獄の犬が立て続けに激しく吼え、最後の怪物フェンリルが自由の身になりました。狼は巨人たちを引き連れて、復讐の地を目指しました。火の国の民が海を越えてやってきました。ロキは船の舵を取り、彼の敵ヘイムダルをみつけました。虹の橋の番人は、朝の光を宿した剣で戦い、悪神の首を切り落としました。けれども首は、恐ろしい力でヘイムダルの体を貫いてしまいました。隻腕の剣豪チュールは、地獄の犬と相討ちして果てました。得物を失ったフレイは、火の国の巨人の持つ呪いの剣によって斬り殺されました。雷神トールは、ミッドガルドの大蛇の息の根を止めるために、みずからを犠牲にすることを厭いませんでした。このときすでに人の子はみな冥府に去っていました。それは大戦争の劫火から逃れる唯一の場所でした。

広大なヴィーグリーズの平原では、オーディンとフェンリルが相対していました。長い束縛から解き放たれた狼は、星をちりばめたマントをなびかせる宿敵に挑みかかります。もはや神々の父に加勢は誰一人なく、堂々たる長い死闘が終わるそのときまで、彼は一瞬たりとも怯むことがありませんでした。そして、復讐の炎を大きく裂けた口から吐くフェンリルは、ついに宿敵に致命傷を負わせます。今やそれは、足下に息もなく倒れていました。意気揚々とフェンリルはその屍に喰らいつきました。彼の復讐は遂げられたのです。

しかしフェンリルみずからが復讐の的となるまでに猶予はありませんでした。屍をむさぼり食らう彼の目の前には、屍となった父の子が立っていました。そのたたずまいの静けさ、父に顕著であった闘志の驚くべき欠如は、燃えさかる死肉獣の勢いをそぐものでした。フェンリルは、血のしたたる大きな口を開いて、彼をひとのみにしようとしました。けれども強い力で押し返されたので、彼はこの息子と戦端を開かねばならないことを悟りました。

戦士の父の子ヴィーダルは、偉大な父のように、たった一人で、わずかの隙も見せず、堂々と復讐の戦いに臨みました。そして、炎を吐く大きな口に向かって槍を構えたとき、フェンリルは今度こそ彼を丸呑みにしようと、狙いを定めてすばやく顎を伸ばしました。そのときヴィーダルは、グリードが彼のために作った靴を履いた足で、狼の下顎を叩き割りました。そして巨人の母から受け継いだ力の強さで、覆いかぶさる上顎を両手で押し上げました。狼の顔は二つに引き裂かれ、無残な姿をさらしました。それからヴィーダルは、怪物の喉の奥まで駆け上がり、構えた槍を心臓めがけて突き立てました。復讐の炎を吐いて神々の父の死肉を食らった最後の怪物は、そこで息絶えました。

ヴィーダルは、あいかわらず黙ったまま、無残なフェンリルの死骸のそばに立って、スルトが世界を焼き尽くすのを見ていました。この火の国の巨人は、その炎の剣で、敵も味方もかまわず、形のあるものすべて、ありとあらゆるものを焼き尽くそうとしました。そこで彼は、グリードが彼に与えた駿馬に再びまたがると、森を目指して駆けだしました。彼はそこに、人の子が隠れていることを知っていました。それは新しい世界の住人となる新しい人の子だったのです。ヴィーダルが森にやってきたので、スルトは森を焼き払うことができませんでした。けれども炎は、すでに太陽も月も無くした空のてっぺんまで届きました。

こうして炎がすべてを焼き尽くすと、かつてオーディンがヴィーダルに語ったように、こんどはすべてを覆いつくす沈黙の闇がやってきました。ヴィーダルは新しい人の子の傍らに、ただ黙って立っていました。それでこの一組の男女は、まったく怖い思いも寂しい思いもせずに済みました。彼らはこの沈黙の神の姿に、世界を焼き尽くした炎でさえ静まったように、闇もまたやがて去っていくことを悟ったのです。

やがて空に、新しい太陽と月が現れました。光が再び世界に満ち、美しい色と形を浮かびあがらせました。ヴィーダルはそこで、自分の役目が果たされたことを知りました。森を出て大地へ踏み出すと、足元はすでに青々とした美しい草原になっていました。そして彼は、彼の家族たちがこちらへやってくる姿を見つけました。

「世界は、そのとき必要なものをそのつど求める」。

かつてオーディンは言いました。そのオーディンはすでにここにいません。トールも、ロキも、かつての世界で必要とされた神々は誰一人残っていませんでした。この新しい世界が必要とした新しい神々の父、それはオーディンの弟のヘーニルでした。この優しい神は、本当に兄とはまったく違っていました。そして新しい世界は、以前の世界からは想像もつかない様相になっていったのです。

アースガルドのまわりに巡らしてあった城壁は残らず崩れ去り、塵すらも風が運んでいってしまいました。いまやなだらかな丘には、ただ風が気ままに渡っていくだけです。最後の大戦争を生き残った神々は、オーディンの時代の世界について語り継いでいきました。それは戦いの時代だったとか、災難の時代だったとか、勇敢で美しい時代だったとか、いろいろな言葉で表されました。しかしヴィーダルだけは、言葉で表すことをしませんでした。今の世界との著しい違いについてさえ彼は語りませんでした。

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