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死神王と死神

8 - 再会──終焉

王妃はいまや、自慢だった長いブロンドの髪を無残に切られ、そのうえに、いったい自分が何者かもわからない呪術をかけられたので、かつての天真爛漫な表情は陰鬱な面持ちに変わり果てていた。会話を交わすこともできない彼女を、私はただそばに置いているだけであった。もう二度と気持の通じ合わない彼女の目を見るとき、わたしがそこに見るのは空しさと悔恨と絶望だけだったが、それがわたしの選んだ結果であり、ほかにどうすることもできなかった。

ただひとつの慰めは、彼女の美貌と性質をそっくり受け継いだ最初の子の存在であった。彼は一度も誰かを否定したことがなく、したがって誰にも否定されたことがなかった。その姿には一片の影が差す疑いすらなく、悲しみや苦痛の影に沈んだ者たちに光をもたらし、彼らを癒すことができた。戦と陰謀に明け暮れる父親の息子として生まれてきたのは皮肉な因果というほかなかったが、それでも、かつての王妃を失ったわたしにとって彼は唯一の救いであったのだ。

人々は彼に自分たちの輝かしい未来を見ていた。けれども死神であるわたしは、破滅を引き寄せる者として、彼の隠された本当の役割を知っていた。それは、希望と愛と平和の象徴である彼が、その死をもって、それらすべてをこの世界から奪い取るという役割であった。彼の優しさに満ちた言葉は、どれも美しく心を癒すものばかりだが、すべて偽りなのである。それが本当に起こった試しなどないし、そもそもの問題を解決するには到底及ばない。なぜなら、彼は問題があるという前提に立っているからだ。本当は、そんなものは無いのである。この真実を知らしめる力があるのは、光の子をおいて他にいない。沈黙をもってそれを体現する彼がやってくるとき、わたしの息子も、わたし自身もまた、彼にすべてを譲らなければならない運命にある。

絶望の森で最初に会ったとき、彼の差し伸べた手を拒んで戻ってきたこの世界で、わたしは彼女を見つけ出し、我が妻として長い年月を暮らした。彼女がわたしにもたらしたものこそ、わたしがこの世界に戻ってくるのにふさわしいものばかりだった。彼女はわたしの喜びのすべてであり、また苦しみのすべてであった。彼女への執着が絶たれるとき、彼女の忘れ形見の死が完全にそれを消し去ってしまうとき、わたしの世界はその役目を終える。そのときわたしは、今度こそ迷うことなく彼の手を取ることができるだろう。

彼の母親──森の淑女は、息子に話して聞かせていた。

「あなたは、時が来るまでここを出て行ってはなりません。この世界からすべての悪がすっかり消えて無くなるそのときまで。同時に、正義もまた消えてなくなるそのときまで。つまりあなたは、あなたの父親──死神王が滅びたあとでなければ、外へ出て行くことができないし、あなたに救いを求めた彼の望みをかなえてやることはできないのです。彼は戦乱に生き、戦場で死ぬことを選び取りました。あなたは彼を迎えに行くために、戦場のただ中へたった一人で向かわねばなりません。そのために私が、青年の強い肉体を与えたのです」。

わたしが彼女の息子に会うことはついになかった。わたしの世界が滅びるまでは、それは許されなかったからだ。わたしは彼と再会するために、みずからの手で幕を引かなければならなかった。彼をわたしの世界に引き入れたことの引責として。

わたしと王妃の最初の子が、行きずりの旅人によって殺されたとき、人々は皆驚き、あってはならないことが起こったといって信じようとしなかった。なぜなら、彼の存在は彼らの未来そのものだったからだ。やがて、わたしの片腕の少年が旅人に変装していたのだという噂が立った。濡れ衣を着せられた彼はわたしに助けを求めたが、いままでの寵愛が嘘のように冷たく突き放されたので、彼はひどく悲しみ、そしてわたしを深く憎んで故郷へ帰っていった。

殺人者の旅人に化けていたのはこのわたしだった。最後の瞬間に、息子がわたしの首に力なく腕を回してきたとき、わたしは彼の母親とはじめて出会った夜へと引き戻されかけた。その誘惑を断ち切って、わたしは崩れ落ちる彼の耳元に囁いた。

「そうだ、わたしはお前という幻想に幕を引くのだ。これは、決して、ほかの誰であっても任せられる仕事ではない」。

そして、最後の復讐が始まった。未来を奪われた人々は、少年と彼の同胞たちを決して許さなかった。同じように、少年の憎悪は、彼の同胞の憎悪を得て強大に増幅し、両者は避けられない破滅の決戦へと突き進んでいった。王妃の父も、彼の国の人々も皆この戦に巻き込まれた。数知れぬ陰謀によっていたるところに蒔かれていた憎しみの種がいっせいに芽吹き、すべての人を殺戮の衝動へと走らせた。長い戦火のうちに、愛した人も憎んだ者も皆この世界を去っていった。正直で賢明なわたしの剣士も、寡黙で忠実なわたしの衛兵も死んだ。そして最後に残ったのは、わたしと少年の二人だけだった。

ところが、復讐の成就を目前にした彼は、思わぬことを口走った。

「俺はあなたを心から憎むことはできない、できるなら、あなたに俺の首を取って欲しいんだ。天涯孤独の俺を愛してくれた、父親のようなあなたに」。

──だが、わたしには何もかもわかっていた。いま目の前にいる彼はわたし自身であり、わたしがこの世界に残した未練になおもしがみつこうとしている姿なのだ。最後の最後に、世界がわたしを誘惑しているに過ぎない。わたしは彼に近づいていって、青く光る短剣を握っている右手を取って引き寄せた。

「ここだ。しくじるなよ。心臓の真ん中を突くのだ、わが愛する息子よ」。

しかし彼は泣きじゃくって言うことを聞かない。わたしは右手に一瞬強い力をこめて、彼の手をわたしの胸に引き寄せた。青く光る短剣は、心臓の真ん中に突きたてられた。

最後に聞いたのは、少年の絶叫であった。それは、若き日のわたしが、父と母を殺して、幻聴に追い立てられて逃げ込んだ「絶望の森」であげた声のようであったかもしれない。少年は、間違いなく彼の姿を見たことだろう。わたしはその前に世界を去ったので、姿を見ることはできなかった。しかし少年もまた、彼の姿を誰かに伝えることはできないのだ。なぜなら少年は、彼が差し伸べた手を取るのだから。狂おしいほどの絶望のなかで彼を見た少年には、彼の意味が誰よりもわかるだろう。本当の絶望だけが、本当の救いを連れてくるということを理解するだろう。

それが、彼とわたしの果たされた約束であり、待ちわびた再会の瞬間であった。

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