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死神王と死神

7 - 魔女の最期

些細なことと見過ごせないこと、 本当に起こったことや想像が噂になったもの、そうした膨大な悪事が積み重なり、過去にあったはずのものをすっかり覆いつくしたとき、人々の怒りは暴発した。わたしはすでに妻を城の中に閉じ込めていたが、ある日彼らが押しかけて、彼女を処刑しろと口々に申し立てた。 そのときわたしは彼らに請け合った。

「よろしい。火あぶりにして処刑しよう」。

次の日わたしは、人々を広場に集めて、焼けただれた女の死体を運んでこさせ、「このとおり、王妃は死んだ。 あなたがたはもう彼女の悪夢から解放されたのだ」 と言った。彼らは歓声をあげ、拍手喝采して王妃の死を喜んだ。

ところがしばらくすると、彼女の出没が報告され始めた。それはまた以前のように悪事を働いたので、魔女が生き返ったのだという話になった。人々は再び城へ押しかけ、彼女を退治するよう申し立てた。それでわたしは、前回と同じように、女の焼死体を持ってきて彼らに見せ、こんどは心臓を槍で突いて、

「魔女と言えども、心臓を突かれては二度と息を吹き返すまい」

と言った。人々はそれを見届けると、安心して帰っていった。

だが、やはり彼女は再び現われたのだ。人々はすっかり怯えてしまい、日の高いうちから戸口を厳重に締め切って、誰一人として外へ出てこなくなった。それでわたしは、今度は焼死体のまわりに精鋭の兵士たちを集め、いっせいに槍で突いて、体の形が無くなるまでそれをやめさせなかった。それでもなお人々は家から出てこなかったが、しばらくして、彼女が再び出没しないとわかると、今度こそやっと魔女が消えたのだ、体が無くなればさすがに生き返ることもないだろう、などと言い合って、やがてもとの生活を取り戻していった。そして彼女が彼らの前に現われることは、もう二度となかったのである。

そのとき、王妃の父が久々に島へ帰ってきた。彼は娘がむごたらしく殺されたことを知るや、激怒してわたしのところへやってきた。その彼へ、わたしは平然として言い放った。

「おまえの娘はわが国に災いしか呼ばなかった。彼女のふしだらさ、心の醜さはいま思い起こしても身の毛がよだつ。死体を埋めるのもはばかられるので、おまえの国へ送り返してやろうかとも思ったが、お聞き及びのとおり死体はあとかたもなく粉砕されてしまったので、手間がひとつ省けたというわけだ」。

わたしの言葉に、彼はただ黙って言い返すこともなく、その場を去った。傍らにいた剣士が、その姿が見えなくなってから、わたしに言った。

「これで開戦は避けられますまい」。

わたしは答えた。

「いかにも。かれは全軍をあげてこの島へやってくるだろう。勝ち目はなかろうな」。

「かつての我々にとって彼らは確かにそのような敵でしたが、今ならあるいは 勝機が見出せるかもしれません」。

「いや。わたしは彼らと正面から戦うつもりはないのだ」。

「どうなさるおつもりで?」

と彼は聞いた。わたしは答えた。

「逃げる準備を万端に整えておけ。わたしはこの城を彼らに明け渡すつもりでいるから」。

わたしと剣士の予想したとおり、王妃の父は彼の国の全軍を率いてわたしの島へ攻め込んできた。わたしは灰色熊の子と彼の精鋭部隊ひと握りだけを城門の前に残して、いちはやく城を逃げ出した。頑強な城門をようやく叩き壊したあと、手強い衛兵の部隊としばらく応戦したのち、城内へ乗り込んできた王妃の父は、恐ろしい形相で王の間まで駆けつけたが、彼の宿敵はすでに姿を消していた。彼の側近の一人が興奮して言った。

「敵軍は我らの大軍に恐れをなし、城を放り出して逃げたのです!」。

王妃の父は、彼に応じはしなかったが、黙ってわたしの玉座に腰を下ろした。

城から出た私は、腹心の剣士とも別れ、たった一人で船を出した。向かった先は北の大陸であった。例の取引が破棄されて以来、わたしが大陸に渡るときはそのつど違う人物を名乗って潜入するのが常だった。このときわたしは一人の名もない漁師として、かつて援軍の約束を取り交わした、頑丈で勇敢な男たちに会いにいった。

「旦那がたご存知か、あんたがたの宿敵である島の王が、城を明け渡したそうだが」。

わたしがそういうと、男たちは色めきたった。

「そんなことがあるものか。やつは戦のために生まれてきたような男だ。戦場でやつが何と呼ばれているか知っているか? 兵士の死にまったく動じず、むしろ祝福を送るように微笑むので、死神王と呼ばれているんだぞ」。

わたしは答えた。

「さしもの死神も、南から押し寄せてきた大軍をまえに逃げ出したのだそうだ。しかしこの大軍の大将は、死神王ほどには戦の知恵がないのだよ。要するに兵士の数が多いだけの話だからな」。

「なに。それじゃ、いま俺たちが攻め込んだら、城を乗っ取ることができるのではないか? 俺たちの力と武器があれば、兵士の数が浜の砂ほどあろうとも、ものの敵ではないぞ」。

一人がそういうと、ほかの男たちも口々に同調して息巻いた。

「そうだ、死神王さえいなかったら、何も恐れるものはない」。

「やつらが我々からぶんどっていったお宝をまとめて取り返す絶好の機会だぞ」。

戦支度を万端に整えた男たちが、意気揚々と大きな船に乗って海へ漕ぎ出していく様子を、わたしが静かに見守っているころ、わたしの城では、黒髪の少年が、城の新しい住人たちに重大な進言をしていた。少年は、味方が不利な戦いを強いられると見るや、躊躇なく敵軍に寝返ったのである。彼はとても言葉巧みに取り入ったので、王妃の父も部下たちもすっかりこれを信頼していた。その彼が言った。

「死神王が去って手薄になったこの城を、北の大陸の大男たちが狙っているというのです」。

この話を聞いて、側近たちはみな真っ青になった。

「そんなことになったら大変だ。すぐに彼を呼び戻そう」。

「北の男どもは人の姿をした獣だ、どんなむごいやり方で殺されるかわからないぞ」。

黙って話を聞いている王妃の父に、少年がお伺いを立てた。

「いかがいたしましょう、わが敬愛する父よ」。

彼は答えた。

「北の大陸の侵攻を食い止めてきたのは、この島の戦略に長けた戦士たちだった。我々が、温暖な島で豊かな国を築いてきたのも、その恩恵といわねばならないだろう。我々には、やはり彼らが必要なのかもしれない」。

そのとき、伝令が一人駆け込んできて叫んだ。

「敵兵が門の前まで迫っています!」。

同時に、大男たちの恐ろしい掛け声が響いてきて、側近たちは震え上がった。王妃の父は少年に言った。

「彼を呼び戻せるか?」。

少年は答えた。

「もちろんです。わたしが交渉に行きましょう」。

側近の一人が言った。

「ああ、お前が寝返ってくれていてよかった。お前がいなかったら、誰が彼を呼び戻しに行くというんだ」。

わたしは島へ戻ると、すぐに隊の陣容を整え、包囲された城へ向かった。そこでわたしは少年を呼び、彼に手紙を渡して城へ帰した。手紙は王妃の父に宛てたものだった。その返事が来るのを待って、わたしは兵を挙げた。大男たちは、単純な白兵戦なら無敵だったが、少し策を講じてやれば簡単に軍勢は散り々々になり、しかもわたしが戻ってきたと知るや大いに動揺して、あっという間に退散していった。 剣士と衛兵の二人を引き連れて、王の間へ入ってきたわたしを、王妃の父はその手をとって迎え入れた。

「やはり我々にはあなたが必要だ」。

わたしは答えた。

「それはわたしの言うべき言葉だ。おかげでそのことがよくわかり申した」。

そのあと、わたしは彼を連れて、城の中でわたしの他には誰も入ることが許されていない場所へ向かった。それは城壁の東側にある、見張りのための高い塔だった。最上階まで上ってくると、そこには彼の息子が待っていた。彼のとなりに、黒いヴェールを被った女の姿があった。息子は父に言った。

「喜んでください父上。私の妹が戻ってきたのです」。

そう言って、彼が女のヴェールを取って見せた。そこには、死んだはずの彼の娘──わたしの妻、王妃が座っていたのだ。

王妃の父は、少しも喜んだ様子を見せず、わたしを見て、納得した様子で言った。

「驚いたものだ。まさかあなたがここまで彼女に執着するとは思わなかった」。

わたしは答えた。

「そうだ。わたしは彼女のために、おまえに城を明け渡し、大陸の大男たちを煽って城を攻めさせた。そして、おまえがわたしの出した条件に同意したので、 兵を挙げたのだ。よろしいか、いまやおまえさんがた二人は、わたしの秘密の共有者となったのだ」。

ひとり合点が行かない息子が説明を求めたので、彼の父がことの真相を語り明かした。

「彼の手紙にはこう書いてあった。・・・・王妃が処刑されたのはただのお芝居で、彼女は安全な場所に隠されて生きている。 自分は彼女を王妃として 再びそばに置くつもりでいる。もちろん知らない者には、新しい妻がやってきたと言って。しかしもしもわたしを許さず、この秘密をばらしてしまうつもりなら、彼女を今度こそ殺して、おまえたちを大男たちの餌食にしたままほうっておくだろう」。

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