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死神王と死神

2 - 海を渡る花嫁

一人の戦士の帰還は、新たな王の誕生となった。先代の王が、息子や妻を裏切って、彼らや彼の臣民たちを別の支配者に引き渡そうとしていたことは、誰にも知られていなかった。したがって、彼と彼の妻が本当は誰に殺されたのかも、その殺人者のほかに知られることは最後までなかった。

人々は、若い王の中に、かつて自分たちが敬愛した王の資質が宿っていると信じていた。わたし自身はそれを否定しなかったし、彼らがわたしの父や、さらにその父の面影と威光をわたしに見ていることは喜ぶべきことだった。たとえわたしが何者であろうとも、それがわたしの後ろ盾になってくれるのだから。

わたしには信頼すべき片腕がいた。ひとりはきわめて有能な剣士で、鉄の忠誠心を持ち、戦場ではわたしの馬の口を取るのが常であった。あとひとりは、巨体と怪力を備えた衛兵で、灰色熊の子といわれる彼は、戦場で私の盾になることを一度も恐れたことがなかった。二人は、先代の王が敵兵と勇敢に戦った挙句討ち死にしたという作り話を信じていた。わたしは自分が王殺しであることを彼らに打ち明けるつもりはなかったが、もしそうしたとしても、我々の友情と忠誠にはなんら変わりがなかっただろう。わたしが必要としたものは、戦場でわたしの策に忠実に従って動く駒だけだった。そして戦場こそがわたしを必要としたので、そこを離れたわたしにはなんの意味も価値もなかった。

東側の突端にはなだらかな丘があり、そこには一本だけ背の高い木が立っていた。生き物の気配のしない景色の中に孤独に立つ彼の姿がわたしが好きだった。ときおり高い枝まで登っていって、強い風のなかで海を眺めることがあったが、晴れた日にははるか海原の向こうに陸の影をみることができた。あるときわたしは剣士に言った。

「一度あの陸の影に降り立ってみたいものだ」。

すると彼は答えた。

「お供しましょう、あなたの望みとあらば」。

木の葉のような小さな船で海を渡る途中、明らかに風が変わり、今まで感じたことのない穏やかさと柔らかさに触れたわたしは、戦場で味わうのとは違う未知へのときめきに気がついていた。目的地に着くと、それは緑が生い茂り、見たことがないほど多彩な花が咲き乱れる場所だった。そよ風がそれらのあいだを軽やかに渡っていき、小鳥のさえずりが絶えなかった。日が暮れても、厚い外套など必要なかった。相棒の剣士はすっかり安心して寝入っていた。わたしは彼に何も告げないで、一人であてもなく歩き出した。

見上げる月には霞がかかっていた。わたしが迷い込んだのは、いっそうたくさんの花に囲まれた場所だった。夜の花の匂いは息苦しいほどに強く、軽いめまいを引き起こした。花園の真ん中に塔があり、中ほどに開いた窓から光が見えた。寄り添うように立つ高い木に登っていき、わたしは窓の中を見た。柔らかな光の中で、その光を見つめる彼女の姿を確かめたとき、わたしは瞬時に悟った。わたしをここへ連れてきたのはこの人だと。絹のようなブロンドを白い肢体に這わせた彼女は、やがてわたしに気がついて顔を上げた。この無垢で可憐な少女は、侵入者を追い返そうなどとはまるで思わなかった。わたしが枝伝いに窓に手をかけ、音もなく床に降り立ったときも、彼女は寝床の端に腰掛けて、身じろぎもせずわたしを正面に見ていた。そして瞬きをひとつしたあと、花びらのような唇に微笑を浮かべて見せたのだ。

「夢の中であなたを見たのです、ため息が出るほど美しいあなたの姿を」。

彼女のその言葉が真実だったのかどうか、わたしにはわからない。この花の精のような少女が、侵入者として現われた男をたやすく受け入れたことの是非についても、わたしは考え直してみる気にはまったくなれなかった。そこに善悪を持ち込む必要など感じられなかったのだ。

やがて彼女がわたしの息子を生んだという知らせが届いた。わたしは故郷で、書簡としてそれを受け取った。それは彼女の父親が書いたもので、起こったことはすべて過ちであるから、罪人であるあなたには相当の責めを負う必要がある、と彼は主張するのだった。それでわたしは、片腕である剣士を彼と彼の娘のところへ遣いにやった。要領のよい剣士は、怒り狂う父親には相手にされなかったが、悲嘆に暮れる娘が、二度とわたしと会わないことを約束しないなら、息子を殺してしまうぞと父から脅されていることを聞き出して帰ってきた。

「わたしは彼女のことが好きだし、息子が生まれたことが過ちだとは夢にも思っていない。もしも彼がそのために彼女を傷つけるなら、私は彼を殺してしまわねばならないだろう」。

「彼はかの国の首領であり、豊かな土地を持ち、多くの知恵者を従えています。つまり、われらの小さな島ではとても太刀打ちできない相手です。もしもあなたが、愛する女性のために祖国の破滅をも厭わないおつもりなら、私はそれに従うだけですが」。

剣士はいつもと変わらずあけすけに意見を言った。

「ではどうしたらいい? わたしには、戦場で役に立つ策のほかには知恵がまるでないのだ」。

「相手が少しでも納得する形で、彼女をわが国へ迎えればよろしいのです」。

わたしはこの賢い剣士に一切を任せて、彼を再び遣いに出すことにした。そのときかれは、同行者を連れて行きたいと願い出た。わたしは誰でも自由に連れて行くがいいといって、彼を送り出した。数日後、彼は無事に戻ってきた。だが、連れて行った同行者の顔は見えなかった。その代わりに、彼女と、彼女の父親、それに彼女の兄を連れて帰ってきたのだ。

「あなたが欲しいものはこの通り持ち帰ってきました。その代わり、彼らが欲しいという人々を彼らに渡してきたのです」。

彼はこともなげにそう言った。

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