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死神王と死神

3 - 魔女の誕生

彼女の父親はとても知恵に長けた人だった。初めて会った時、彼はわたしにこんなことを言った。

「あなたが秘密を持つときは、ひとつだけ覚悟しておくといい。秘密は仲間を欲しがるものだ、ということを」。

その言葉の意味をわたしが知るのは、まだずっと先のことだ。

彼女とわたしの最初の子は、姿かたちが彼女に生き写しだった。その次に生まれた弟も美しかったが、兄は長ずるにつれていよいよ彼女に面差しが似ていった。姿ばかりでなく、無垢で素直で心優しい母親の性質をも受け継いだ彼は、誰からも可愛がられた。王の血統に異血が入り込んだことを快く思わない人々もあったが、父と母を殺したわたしにとってそれは呪わしいだけの痕跡であり、彼女によってむしろ血統が救われたのだとすら考えていた。

王の血統ばかりでなく、わたしは古い因習を捨て、未知の何かを見つけては、あとさきを慮ることなく採り入れることを繰り返した。それは、父と母を殺したわたしの宿命だったかもしれない。その方針に同意できず、ついて行けないという人々も少なからずいた。黙ってわたしのもとを去る者に対しては、わたしは何もしなかった。しかし異議を唱えたり、歯向かってくる者には容赦なく制裁を与えた。命を奪うこともままあった。知恵のある心優しい人たちに囲まれて育ってきた妻は、わたしのような人間には会ったことがないと言った。ひどく驚きはしたものの、彼女はわたしを否定しなかった。むしろ彼女にとってわたしは大いなる引力を放つ未知であり、同じように彼女はわたしにとって最初の、そしておそらく永遠の未知であった。

北の海のすぐ向こうには大きな大陸があって、それらの人々とは、父の代までは交わりが一切なかった。それは祖父の代に戦役があったためだと父は話していた。けれどもわたしは、この未知の大陸に強く惹かれていた。

「それならば、私よりむしろ灰色熊の子のほうがずっと役に立つでしょう」。

わたしに相談を持ちかけられた剣士はそう答えた。

「それはなぜだ?」。

「彼の母親が、あちらから渡ってきた人だからです。あなたの父君が、力が誰よりもあるにもかかわらず、彼を近づけなかったのはそのためだ。でもあなたは違った。あなたはご自分の役に立つものなら何であれ認めてくれた」。

わたしは、無口なこの衛兵一人を連れて、北を目指した。低い雲の垂れ込めた航路を進むのは簡単ではなかった。やっとのことで、岩礁だらけの陸地に船をつけたが、降り立った場所から歩いても歩いても、 生き物の気配のない荒涼たる景色が続くだけだった。それでも、剣士の忠告どおり衛兵を連れて行ったのは正しかった。わたしたちがようやく小さな集落を見つけて、布でできた粗末なある家を訪ねたとき、住人の女は彼の顔を見て、あっという間に警戒を解いたのだ。

祖父の代に起きた戦役のことは、もう誰も覚えていなかった。彼らの暮らしぶりは粗末だったが、男たちはみな衛兵のように頑丈で大きな体を持ち、潔く勇敢だった。女たちは働き者で、情の厚い世話焼きな人が多かった。わたしは彼女たちが、岩のような見てくれのわりに、美しい石でこしらえた装飾品でもって、せっせと自分を飾り立てるのが好きなのだと気がついた。

「わたしの島にもとても美しい石がある。だが誰も見向きもしないのだ。あなた方なら、きっと役に立ててくれるだろう」。

わたしは彼女たちに提案した。彼女たちは大喜びで、その石をくれるかわりに、あんたの欲しい物を何でも持っていくがいい、と言い出した。

わたしは彼女たちのうち数人を、島へ連れて帰ってきた。彼女たちを見た妻は、その首やら額やら腰やらに巻きつけられた、美しい飾り物を見て目を見張った。その様子を見た女の一人が、妻に首飾りを一つ寄越して、こう言った。

「あなたほど美しい女性が、首飾りの一つも持っていないなんて、私たちの国では考えられない」。

「私はいままで、こんなものがあるなんて知らなかったのです」。

「それはよかったわ、王妃様。あなたの愛しい夫のために、あなたはもっと美しくならなければいけないのだから」。

わたしは、北の大陸から連れてきた彼女たちを使者にして、いくつかの取引を交わした。彼女たちが大好きな美しい石を渡す代わりとしてわたしが要求したものは、怪力ぞろいの男たちを兵士としていくらか調達させてもらうこと、海を安全に渡る大きな船、食糧の交換などだった。これをきっかけにして、北の大陸から女たちが頻繁に島を訪れるようになった。男たちは住処を守らねばならなかったし、彼女たちほど「美しい石」に興味がなかった。彼女たちのなかには、やがて島の男の種を授かって、子供を生むものもあったけれども、わたしはいっさいそれらを咎めなかった。彼女の子供たちが、わたしの大事な衛兵のように、替えがきかないほど役に立つ男に成長しないとも限らない、と考えたからだ。

しかし彼女たちの来訪を誰よりも心待ちにしていたのは、ほかならぬわたしの妻であった。彼女の歓喜の表情は、わたしでさえ見たことのないものだった。来訪者が彼女のために持ってくる貢物によって、彼女の体はみるみる覆いつくされていった。川辺や洞穴に転がる美しい石に見向きもしなかった彼女が、いまやそれなしでは生きていけないという。わたしには、自分を飾り立てることに夢中になる妻の心のうちはわからなかったし、ただ彼女の喜ぶ顔が見たいばかりに、ますます来訪者たちを歓迎した。それはわたしたち夫婦の長い歴史のなかで、もっとも幸せな時代だった。しかしそれはわたしの目にそう映ったただけで、本当はそうではなかったことにわたしが気づくまで、あまり時間はかからなかった。

その話をわたしにしたのは、忠実であけすけな剣士だけだった。ほかの者は皆、知ってはいたが口をつぐんでいただけだったのだ。

──「その首飾りはもともとその兵士の姉が持っていたものだったのです。その姉が病気で死んで、弟は形見として大切にそれをしまっておいた。ところがあるとき、あなたの妻が胸にその首飾りをかけているのを見かけたものがあった。そこで弟にいきさつを尋ねたところ、彼は自慢げに内緒話を始めたのです。王妃が私のところへやってきて、姉の形見の首飾りがどうしても欲しいという。私は試しに、一晩私の相手をしてくれるなら喜んで譲りましょうと言ってやった。すると驚いたことに、その晩彼女が私の寝床で待っていたのさ、と」──。

思いもよらぬ裏切りに遭って、幸福の絶頂から突き落とされたわたしは、すべてを失った錯覚に陥った。そのとき偶然わたしの館を訪ねてきた使者の女を、わたしは怒りに任せて殴り殺してしまった。それだけでは飽き足らず、首を切り落として彼女の故郷へ送りつけ、彼らとの取引をご破算にしたので、それは宣戦布告になってしまった。責めを負うべきは彼女らではなく、また彼女らの貢物のおかげで変わり果ててしまった妻でもなく、都合のよい取引を持ちかけたわたし自身であることはわかっていた。わたしは自分が負うべき責めを、祖国の人々に押し付けた。こうして理不尽な戦渦に巻き込まれ、混乱と悲嘆にあえぐ祖国を目の当たりにするに至り、ようやくわたしはそれを負う決意を固めたのだった。

わたしは東の突端の丘に立つあの木に登って、妻の故郷の陸の影を探した。夜の闇の中でそれは見えるはずがなかった。けれども漆黒の闇は、記憶に残っている影をありありとその中に浮かび上がらせた。そのときわたしの体に抗えない衝動が走り、稲妻のようにわたしを支配した。それはわたしの左手を操り、右の目をえぐりだして、それを海に向かって投げ捨てた。まるで災いの元凶をついに見つけ出し、汚らわしく忌々しいそれを投げ捨てるかのように。激痛にわたしは叫び声を上げたが、劫火のような怒りはその痛みすらかき消してしまった。絶望の森に逃げ込んだあの日のように、わたしは喉が焼け付くまで泣き叫び続けた。何日ものあいだ、そこから動けないまま、血の涙を流しながら。

けれども、最後の晩に、意識を失ったわたしを呼び戻しに来たものがあった。それはあの無垢な透明を具現化した光の子ではなかった。なぜなら、わたしがそのとき呼んだのは彼ではなかったからだ。わたしが呼んだものは、本物の死神でなく、偽りの死神であった──光の子こそが本物の死神であることは、彼に会った者にしか判断し得ないだろう。しかも彼は決してみずから名乗ることをしない。だが偽りの死神は、みずからを死神と名乗り、呪力のかかった言葉を使うので、本物に会ったことがない者は、それが本物だと信じてしまう。

わたしの目の前には、偽りの死神が立っていた。目を背けたくなるほどおぞましい姿をした彼は、ひどくしわがれた声で言った。

「おまえが、災いを見出だした忌まわしい目をみずから犠牲にしたので、私が遣わされたのだ。その尊い犠牲に見合う仕事をしてやろうではないか、光り輝く若い王よ。何なりと望みを言うがいい」。

わたしは答えた。

「お前の力と知恵のすべてが欲しいのだ、 死神よ。わたしはこの世界に破滅を引き寄せるためにここにいる。それを成し遂げうるのは、 お前をおいて他にない」。

「あいわかった、若く美しい王よ。昨日までのおまえと潔くおさらばする覚悟があるのなら、私は惜しみなくそれを与えよう」。

「何一つ名残惜しいものなどない。かつてわたしが彼に背を向けて、この世界へ戻ってきたとき、すでにこの日が来ることはわかっていたのだから」。

十日目の朝になって、わたしはようやく地上に降りてきた。まずわたしを迎えに来たのは、忠実で正直な剣士であった。彼はわたしの様子を見て、一瞬で青ざめた。そこに立っていたのは、たった十日前のわたしとは別人だったからだ。

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