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死神王と死神

4 - 確約

「わたしは死神の力を取り込んだので、もはや死神そのものなのだ。わたしには先のことが見える。好ましくない誰かを呪い殺すことができる。あるいは、抗う誰かを従わせることができる。たとえ死の国に連れて行かれても、生きて帰ってくることができる。体を維持するためにものを食べる必要もないのだ。その代わりに、多少の若さと、罪悪感と、右の目を失ったけれども」。

わたしは、あの九日間のうちに起こったことを、剣士と衛兵の二人だけに打ち明けた。しかし妻の父は、わたしが打ち明ける前にすべてをすっかり見抜いていた。彼はわたしに言った。

「どうやらあなたは覚悟を決めたらしい。しかしまだそれがいつ訪れるかは決めていないようだ。いずれ決めることになるだろうが」。

それからのわたしは、以前にもまして、戦場に出かける機会をことあるごとにこしらえるようになった。けれどもみずから最前線には立たず、策を授けて見守っていることが多かった。先が見えるようになっていたわたしは、出来事のつながりが織り成す運命の糸を自在に操ることができた。そのために、一時的に味方を裏切ったり、嘘を使って扇動することも少なくなかった。また、以前は死者を悼む芝居をしていたけれども、もはやそれもしなくなった。どんな人間がどんな死に方をしようとも、皆等しく一人残らずが、あの無垢な透明が形になった光の子のもとへ行くことを知っていたわたしには、死こそ祝福すべきものだと思えたからだ。そんなわたしの様子を見て、あれは死神だと、知らずして言い当てるものもあった。

わたしを戦場に追い立てたもののひとつには、明らかに妻の存在があった。彼女はもう二度と、かつての無垢な彼女には戻らなかった。欲望にとり憑かれた彼女は、あらゆるものを飲み込む大きな渦のようだった。人々は平和を失い、奪われることを恐れ、また奪うことを恐れなくなった。彼らの不安はやがて怒りを生み、その矛先はそのころすでに「欲狂いの魔女」と呼ばれていた妻に向った。もしもわたしが、ただ死神のように振舞う男でなく、実際にそれと等しい力を持っていることを皆が知ったなら、速やかに彼女を相応しい場所へ連れて行くようわたしに申し立てたことだろう。 けれどもわたしは、かなわぬことと知りながら、なおも出会ったころの彼女が再び戻ってくる望みを捨てられずにいた。どうにかして、許される限りいつまででも、彼女をそばに置いておきたかったのだ。

枯れ草の燃える戦場で、火にくべられた戦士の死体を見ながら、わたしはそのことに考えを巡らせていた。邪悪な死神の知恵は、そのときわたしに囁いた。お前が彼女をそばに置いておく絶好の一手がある。少し手間と時間がかかるが、それ以外に方法はないのだと。わたしは静かに、彼の言葉に耳を傾け、ついに覚悟を決めた。

妻の父が予言したことは現実となった。絶望の森の光の子と交わした約束が、果たされる日がやってきたのである。わたしは彼と再び会う日取りを決めなければならなかった。死神は、失った右目の代わりに、世界を余すところなく見渡す力をわたしに授けてくれた。その力によってわたしが探しだしたのは、光の子の母親となるに相応しい女性であった。彼女は、北の大陸の寂しい森の中に住んでいた。素性を隠して敵地へ潜り込んだわたしの正体を、彼女はいともたやすく見破った。

「世界の破滅を引き寄せるあなたの運命を私は知っています。そして私は、あなたを拒むことができる。世界の破滅を免れる道を私は知っているのです。でも、運命に逆らう愚かさと苦しみもまた、私はよく知っている。美しい死神王よ。私には、あなたを受け入れて、世界の破滅の確約をあなたと分かち合う覚悟があります」。

「森の大樹のように聡明なる人よ。おまえの腹を借りてこの世界にやってくる彼は、本来とは違う力を持たなければならない。彼は子供のままではいないだろう。立派な男の姿になって、力を存分に使わねばならないから」。

わたしが言うと、彼女は静かにうなずいて、こう答えた。

「彼は誰よりも無垢で、比べようもなく透明で、なんらの気配も持っていない。だから、彼が何者であるのかは、そのときがくるまで誰にもわからないのです。そして決して力を使わず、自分の正体を明かさないために沈黙を守るでしょう」。

彼女の家をあとにして森を出たわたしは、岩場だらけの険しい山に向った。しじゅう強い北風が吹き、その音は死を恐れる者をたじろがせる調べを奏でた。すると突然、目の前に人影が飛び出してきてわたしを唐突に見た。彼は驚いていたが、 敵意はなかった。むしろ自分の縄張りに迷い込んだ獲物に興味津々の様子であった。だがわたしもまた、彼を見た瞬間、強烈なある衝動に駆られたのである。それは少年のなりをしていて、この大陸の住人とは思えない美しい容姿の持ち主であった。黒い髪と黒い瞳、細身で手足が長く、身のこなしは獣のように素軽く、しかし顔つきには確固たる知性が宿っていた。

「どうもあんたには俺の魂胆がお見通しのようだな、こいつは面白い。なぁ、利口な旦那よ、聞いてくれ。俺はもうこんな場所には飽き飽きしているんだ。迷い込んでくるやつらをだましたりからかったりしていたぶり殺すだけなんて、もううんざりだ」。

「それならわたしと一緒に来るがいい。わたしは決しておまえを退屈させたりしない。そんなことができるのはわたしの他に誰もいないだろう。たとえお前が好き勝手をやって誰かを怒らせても、わたしがお前を許せば丸く収まるのだからな」。

「へえ、うまいことを言いやがって、俺を騙したりしたら承知しないぞ。たとえおまえがどこかの王様だろうと、地獄の死神だろうと」。

「信じるか否かはお前の勝手だ。少年よ、わたしは誰よりもおまえの自由を許す男だ。ただしわたしの手許にいる限りにおいてだが」。

彼はしばらく悩んだあと、ついに首を縦に振った。彼を手に入れたこのときの わたしの胸の高鳴りは忘れられない。わたしは森の聡明な淑女の許しを得て、みずからの悲願の確約を得たばかりでなく、そのために誰よりも働いてくれる片腕を手に入れたのだ。彼を見た瞬間、わたしは彼を決してあきらめることができないだろうとわかっていた。なぜなら、彼は、死神に若さを売り渡す前のわたしに生き写しだったからだ。

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